
今シーズンの米国申告について、IRSの為替レートがようやく発表された。例年より遅れたため、申告の準備が進められず足止めとなった方も多かったはずだ。 IRSが抱える未処理申告の状況は深刻で、TIGTAレポートによれば、2026年申告シーズンの開始時点で約200万件の個人関連在庫(バックログ)を抱えている。内容は修正申告、紙によるオリジナル申告、納税者からの問い合わせ、エラー処理中の案件、拒絶案件など、人手を要するものが中心で、コロナ前の2019年末と比べて約129%に膨れ上がっている。さらに追い打ちとなったのが、2025年の政府閉鎖と構造的な人員不足だ。閉鎖後も滞留案件を抱えたまま2026年シーズンの準備に入ったため、今季の処理遅延リスクは例年以上に高いと見ておくべきだろう。 日本在住の納税者が特に意識すべきなのは、「紙の申告書」と「人手」を可能な限り避けることだ。2025年末の時点で、紙で提出された個人申告の在庫は約29万件あり、修正申告の在庫は50万件以上になっている。日本からの申告は、海外住所・海外口座、ITIN取得や更新、Form 1116、条約適用などの要因から紙提出になりやすい。いったん紙の申告書になると、バックログの渦中に組み込まれるリスクが高まる。また今シーズンから、個人所得税の還付は原則として「米国内銀行口座への振込」のみとなり、米国口座がない場合は例外処理として小切手が発行される。日本からの申告は電子申告ができないケースも多く、米国預金口座も持たない方が多い。加えて申告内容が複雑になりがちなため、IRSにとっては初めから「標準処理」から外れやすい構造にある。 特に米国不動産の譲渡が絡む場合、過大な源泉徴収の還付を受けるケースがあるが、バックログが大きい局面では還付遅延が生活費やローン返済に影響する可能性もある。本来は電子申告と米国口座への直接振り込みで、紙提出や修正申告による遅延要因を事前に排除することが重要だ。しかし現実には、日本からの申告は電子化に乗らないことがあり、米国口座も持てず、内容も複雑化しやすい。 IRSの処理遅延、米国口座以外への還付小切手送付、国際郵便の配送や日本側での取立てなどを考えると、今シーズンは日本からの申告で還付が生じる場合、相応の時間がかかると覚悟しておく方がよいだろう。

アメリカの標準控除は、まず誰れにでも適用される「基本部分(1階)」がある。従来の「高齢・盲人の追加標準控除」は、65歳以上や視力に重い障害がある人なら、原則、誰だれでも少しだけ標準控除が増える“基本の上乗せ(2階部分)”だ。 OBBBA の新しい6,000ドル控除は、夫婦がともに65歳以上で、双方が SSN を持ち(ITIN は不可)、 MFJ (夫婦合算申告)を選択し、所得が一定の範囲内に収まっている人だけがもらえる“ボーナス的な増額(3階部分)”になっている。 しかし、この3階部分は MFS (夫婦個別申告)では完全に適用外となる。1階・2階部分はMFJでもMFSでも中立なのに、3階部分だけ MFJ 専用という非対称性は、非常に分かりにくい。 なぜ IRS はこのような構造を採用しているのか。 その理由は、フェーズアウト(所得制限)の管理にある。高齢者追加控除は、所得が一定水準を超えると段階的に減額される仕組みになっている。具体的には、単身の場合は MAGI 75,000ドル以下で満額、175,000ドルでゼロ。MFJ では 150,000ドル以下で12,000ドル満額、250,000ドルでゼロとなる。 このフェーズアウトは、世帯の合算所得を前提に設計されている。つまり、制度は夫婦の所得を一体として把握し、その世帯の経済状況に応じて控除額を調整する。MFJ であれば、夫婦の所得が一つの申告書にまとまり、フェーズアウトの計算も一貫して行える。夫婦が別居・別住所・別会計でMFSの申告すると、相手の申告内容を知らずにフェーズアウトで満額$6,000 をとれないのに、両方が $6,000 を申告しても IRS は判断がつかない。 この フェーズアウトを正確に適用するには、夫婦の合計所得を正確に把握すること、減額幅を世帯単位で計算すること、夫婦双方の申告内容が整合していることを確認することとなる。 日本在住者への影響 日本に住む米国市民・永住者にとって、この構造は特に影響が大きい。配偶者が非居住者である、情報提供が難しいなどの理由で MFS を選ばざるを得ないケースは少なくない。この高齢者追加控除は、原則として SSN 保有者のみが対象であり、ITIN しか持たない高齢者は対象外とされる。MFS を選ぶと、その時点でこの6,000ドル控除は二人とも使えない(SSNであっても対象外)。MFJならSSNの1人分6,000ドルまでは取れることになる。

2025年7月に成立した米国の大規模税制改正法 OBBBA(One Big Beautiful Budget Act) には、残業代とチップに対する所得税軽減が盛り込まれた。一見すると分かりやすい減税策だが、日本に住み、日本で働くアメリカ市民やグリーンカードホルダーがこの恩恵を受けるのは、実務上きわめて難しい。 残業代非課税の内容 OBBBAで非課税(正確には所得控除)の対象となるのは、残業代の全額ではない。時給1.5倍で支払われる残業代のうち、通常賃金に相当する1.0倍は課税対象で上乗せ分である0.5倍(プレミアム部分)のみが控除対象となる。 この制度は 2025年から2028年末までの時限措置 で、控除上限は独身者12,500ドル、夫婦合算申告25,000ドル。調整後総所得(AGI)が一定額を超えると段階的に縮小・消滅する。 なお、対象は連邦所得税のみで、社会保障税・メディケア税(FICA)は通常どおり課税され、管理職など残業代支給対象外の従業員も含まれない。 制度が想定する労働者像 この残業代控除が想定しているのは、米国労働基準法に基づく残業代を米国内で受け取る労働者である。この前提が、日本在住者にとって大きな壁となる。 日本在住者に適用できない三つの理由 第一に、源泉地の問題である。 雇用所得の源泉は役務提供地で決まるため、日本で働いて得た給与や残業代は日本源泉所得となり、米国内源泉の賃金に該当しない。 第二に、残業代の法的根拠である。 この制度が想定しているのは、米国労働基準法に基づく残業代をる従業員だ。労働時間のすべてを米国外で行う労働者を適用除外としている。 第三に、外国所得控除等との競合である。 日本在住のアメリカ市民の多くは、外国給与所得控除や外国税額控除により二重課税を回避しており、すでに給与全体が除外されている場合、残業代控除を重ねて適用する余地はない。 チップ非課税も日本在住者には無縁 OBBBAにはチップ収入の非課税措置もあるが、日本にはチップ文化がほとんど存在しない。この制度が想定しているのは、米国内の飲食・配車・宿泊などのサービス業で、顧客から直接支払われ、W-2や1099に計上されるチップ収入である。政策目的は「米国内でチップに依存する労働者の可処分所得の引き上げ」であり、日本で給与を得る人が対象となる余地はほぼない。 以上から、日本に住み、日本で働くアメリカ市民・グリーンカードホルダーにとって、OBBBAの残業代・チップ非課税は 原則として適用外の減税措置といえる。

トランプ・アカウントは、2025年成立のOne Big Beautiful Bill Actで導入された、米国市民の18歳未満子供向けの税優遇投資口座だ。2026年7月開始で、米国政府が新生児に1,000ドルを拠出し、S&P500連動の低コストETF(手数料0.1%以下)で子供が18歳になるまで運用させる仕組だ。Child Tax Creditの「現金支援」から「資本蓄積」への進化形となる。 政府拠出1,000ドルの受け取り手順 起点: 親の米国確定申告(Form 1040)で子供を扶養控除対象として申告する。 自動開設: 子供に口座がない場合、IRSが自動で米金融機関(Fidelity等)に口座を作成する。親が申告するだけで口座を開設してもらえる。 入金: 2026年7月4日以降、米国政府から1,000ドル(パイロットプログラム、2025-2028年生まれ限定)が限度額外で非課税の入金がなされる。 口座運用・引き出しルール 管理: 親・保護者が子供名義で米国の指定機関で運用する(日本の金融機関は不可)。 投資: S&P500連動ETF/ファンドに限定される。 制限: 18歳まで引き出し不可。以降は教育・住宅・起業資金でIRA相当の課税を受ける。 全年齢対象: 4歳以上(~17歳)も開設可だが、政府からの1,000ドルはないが、この口座を開設することは可能で、投資の成長を享受できる。 所得が低く米国市民として、米国申告書の提出要件を満たさない場合であっても、米国市民の子供がいるのであれば、トランプ・アカウントの1,000ドル拠出や子ども税額控除の還付を受けるために、Form 1040をあえて提出(任意申告)することが、経済的なメリットを受ける手段となる。 SSN優先の排他性と日本人の現実 OBBBAは子供だけでなく親のSSNを必須にし、ITINを排除する。米国市民ではない駐在員の子供は対象外で、両親非市民・非永住者の米出生児でも米国市民権を否認される可能性がある。一方で、日本在住米国市民の親子には朗報となり得る。米国市民でなければ国籍格差があり、子供の市民権が未来の富を決めるアメリカ・ファーストになりかねない。

アメリカで働く日本人が子どもを帯同する場合、かつては子どもが米国市民でなくても、一定の条件を満たせば税務上「扶養する子ども」として扱われ、税額控除を受けられた。代表例が子ども税額控除(Child Tax Credit)で、子ども1人あたり最大2,000ドルという金額は、学費や生活費の負担を考えると決して小さくない。 子どもが米国市民でない場合、社会保障番号(SSN)は発行されない。そこで、親は代わりにITIN(個人納税者番号)を取得していた。このITINの取得は容易ではなく、1年以上かかるケースもあった。それでも、ITINがあれば控除の対象となり、多くの日本人駐在員家庭が恩恵を受けていた。 • 子ども2人の家庭:年間4,000ドルの控除が可能。 • 長期駐在(3〜5年):累積で数万ドルの節税効果。 2025年からの変更点:SSN必須の厳格化 ところが、2025年分の税務申告から、子ども税額控除を受けるためには、子ども本人が有効なSSNを持っていることが必須条件となっている。ITINしか持たない子どもは、制度上「対象外」となり、控除額はゼロになる。 これにより、子ども2人の家庭であれば、年間4,000ドルの控除が一気に消える。駐在期間が3年、5年と続けば、その影響は家計に決して小さくない。 変更の背景:アメリカ税制のシフトと自国民優先の流れ この背景には、アメリカの税制と社会保障の考え方の変化がある。税金を集める仕組みと、給付や支援を行う仕組みをより明確に分け、「将来もアメリカ社会を支える人」を中心に制度を組み直す流れが強まっている。 この変更は、国籍を問わずSSNを持たない非市民の子ども全体に適用される。税額控除の中でも、生活支援に近いものは「社会保障的な給付」と見なされ、アメリカが自国民を優先する方向にかじを切っている。 現場の違和感 現場で生活する日本人駐在員家庭にとっては、同僚のアメリカ人と同じように税金を払っているのに、なぜ私たちの子どもだけ対象外なのか?という違和感を覚える人も多いだろう。 国境を越えて働く人々が、どこまでその社会の一員として扱われるのか。その境界線が、静かに、しかし確実に引き直されていると言えよう。

2026年1月5日に日本から米国へ入国したとする。日本で働いた2025年12月分の給与が、1月5日に日本の口座へ振り込まれた場合、この給与は「2025年所得か、2026年所得か」という疑問が生じる。国境を超える場合、年またぎ給与は直感と税法上の扱いが混乱しやすい。 米国税務では、「どの課税年の所得か」を確定し、「連邦税で課税されるか」「州税でどう扱われるか」を検討することになる。 1.年分判定 ― 現金主義が出発点 米国の個人所得税では、原則として現金主義が採用される。所得は「いつ働いたか」ではなく「いつ受領したか」により課税年度が決まる。したがって、2025年12月勤務分の給与であっても、入金日が2026年1月5日であれば、米国税務上は2026年度の所得となる。 2.年分が2026年でも、連邦課税は自動ではない もっとも、2026年所得と判定されても、直ちに米国で課税されるとは限らない。 非居住者から居住者へ移行する年(dual-status year)では、受領時点の居住ステータスが課税権を左右する。 米国外源泉で、米国内事業と実質的関連のない所得について o 非居住者期間中に受領 → 課税なし o 居住者期間中に受領 → 非居住者期間に稼得されたものであっても課税対象になる 3.「受領日」と「居住開始日」の前後関係 1月5日に入国・移住している以上、原則的な居住開始日は1月5日である。その受領時点で居住者か否かは、その年の居住者判定に依存する。 居住者として扱う場合: 1月5日を居住開始日(Residency Starting Date)とするなら、同日の入金は「居住者期間の所得」となり、米国で申告対象。 非居住者として扱う余地: 入金が「入国手続き完了(=居住開始)の前」であれば、非居住者期間の国外源泉所得として除外できる可能性がある。 4.市民権・グリーンカード保持者の場合 市民権保持者やグリーンカード保持者は、居住地に関係なく、原則として常に全世界所得に対して米国連邦税が課される。そのため、日本勤務分給与であっても、引っ越し時期とは無関係に連邦税の課税対象となる。 5.州税の取り扱い 州税は連邦税ほど一律ではないが、一般的に以下の傾向がある。 居住者期間:原則として全世界所得課税 非居住者期間:州源泉所得のみ課税 という枠組みを採りつつ、配分規定を設けている。 多くの州では「その州に居住している期間に稼得した所得を課税対象とするため、その州に入る前の日本勤務分給与については、州税の申告対象から除外できるケースが多く見られる。 年またぎ給与は、年分・ステータス・源泉地・連邦と州の二層構造を意識することが大事だ。

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