Tsuchida & Associates日米にわたる国際税務

Tsuchida & Associateshaは日米に渡る国際税務に関する問題を解決いたします。

お知らせ

2026.07.26
国際税務

Form 8833は「黄色い旗」かも

日本に居住する者がアメリカの社会保障年金(Social Security)を受け取る場合、その課税関係は日米租税条約第17条により明確に定められている。同条は社会保障給付について「居住地国のみ課税」と規定しており、日本居住者が受け取る米国社会保障年金は日本で課税され、アメリカでは課税されない。この点は条約本文に明記されており、解釈の余地はない。 しかし、実務において IRS が条約の規定を自動的に認識するわけではない。IRS は米国税法の通常ルールに従えば、米国源泉の年金は米国課税対象であると理解するため、申告者が条約に基づく課税権の排除を明示しない限り、通常ルールを適用しようとする傾向がある。このため、申告者は Form 8833 を添付し、「条約に基づき米国課税権を排除する」という立場を IRS に通知する必要が生じる。 ここで重要なのは、Form 8833 が「条約の効力を発生させる書類」ではないという点である。日米租税条約は国家間の合意であり、その効力は国際法に基づき自動的に発生する。条約の効力は個人の書類添付の有無で左右されるものではなく、国家間の合意に基づき常に有効である。 では、なぜ IRS は Form 8833 を要求するのか。それは、米国国内法である Treasury Regulation §301.6114‑1 が、条約によって米国税法の通常ルールを変更する場合には、申告者が IRS に対してその旨を通知する義務を課しているためである。Form 8833 は国際法上の条約適用要件ではなく、米国国内法上の「通知義務」と言える。 したがって、Form 8833 を添付しなかったとしても、条約は常に有効であり、申告者が条約に沿う処理を行っている限り、その内容は正しい。しかし、IRS は申告者が条約を使っていないと考えて、米国課税を適用しようとする。この誤解を解消するためには、後日であっても Form 8833 を提出すればよい。ただし、ここで注意すべき点がある。条約適用は常に有効であるが、還付請求には別の法律による「還付の時効」が存在する。もし条約適用により本来は米国税がゼロであるにもかかわらず、Form 8833 の提出漏れにより IRS が課税扱いとし、後日修正申告によって還付が生じる場合、還付請求がオリジナルの申告期限から3年を過ぎていれば、還付は時効により消滅する可能性が高い。条約適用は認められるが、還付は戻らないという状況が起こり得る。 日本から見れば「日米租税条約に書いてあるのだから、それで十分ではないか」と感じるかもしれない。しかし、アメリカは世界中から申告書を受け取る国であり、各国との租税条約の内容によって年金の扱いも多岐にわたる。IRS がすべての条約内容を自動的に把握し、申告者の意図を正確に読み取ることを期待するのは難しいかもしれない。 その意味では、横断歩道を渡る際に「横断中」の黄色い旗を掲げることが交通事故を未然に防ぐのと同じである。IRS に対して「私は条約に基づいて横断しています」と示すことで、誤解や不必要なトラブルを避けることができる。そう考えると、Form 8833 はまさに「横断中の黄色い旗」と言えるのかもしれない。

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2026.07.19
情報申告

Delinquent FBARが消えた日

2026年7月1日、長年海外居住者のよりどころとなってきた Delinquent FBAR Submission Procedures の案内ページがIRSのウェブサイトから削除された。事前の大きな告知もなく、静かに姿を消したのである。 このページは、FBAR(外国銀行口座報告)の提出を忘れてしまった人に対し、一定の条件を満たしていれば罰金を科さないという取扱いを明示していた。 条件は比較的わかりやすかった。海外口座から生じた所得を正しく税務申告していること、納税義務を果たしていること、IRSの調査を受けていないこと、そして未提出についてIRSから連絡を受けていないこと。この条件を満たせば、遅れてFBARを提出しても罰金は課されないと案内されていた。 この明確なガイダンスは、多くの海外居住者にとって大きな安心材料だった。しかし、そのページは削除された。だからといって、FBARの法律そのものが変わったわけではない。 FBARの民事罰を定める米国法典第31編第5321条は現在も改正されておらず、財務長官には罰金を課す権限がある一方で、すべての遅延提出に対して罰金を義務付けているわけではない。個々の事情を考慮する裁量は、これまでどおり残されている。 また、IRS内部マニュアル(IRM)にも、非故意であり、正当な理由があり、遅れて提出したFBARで適切に口座が報告されている場合には、審査官が罰金を科さない判断を行えることが示されている。警告書のみで終了することも認められており、FBAR制度の目的は、すべての遅延提出者に罰金を科すことではなく、自主的なコンプライアンスを促すことにある。 つまり、現時点では法令や内部運用の基本的な枠組みに大きな変更は確認されていない。変わったのは、「この条件を満たせば罰金を科さない」という行政上の明確な案内がなくなったことである。この削除の理由について財務省やIRSから正式な説明は公表されていない。しかし、行政として裁量をより柔軟に維持するため、個別の保証に近いガイダンスを取り下げた可能性は考えられる。 日本在住者への影響 日本に住む米国市民やグリーンカード保持者の中には、FBAR制度そのものを知らず、提出義務に気付かなかったという人も少なくない。そうした事情は、非故意であったことを判断する際の一要素として考慮される可能性があり、実務上は遅延提出だけで罰金が科されないケースが多く見られる。ただし、以前のように「この条件なら罰金はない」と明文化された案内は存在しない。今後は、法律やIRS内部マニュアルに基づき、個々の事情に応じて判断されることになる。 FBARの提出漏れに気付いたとしても、必要以上に慌てる必要はない。まずはBSA電子申告システムから遅れたFBARを提出し、説明欄に提出が遅れた理由を記載することが基本となる。この運用自体は従来と変わっていない。一方で、海外口座から生じた所得まで申告漏れになっている場合は、単なるFBARの遅延提出ではなく、Streamlined Filing Compliance Proceduresなど、より包括的な手続きが適切となる場合がある。 今回削除されたのは、FBAR制度そのものではなく、「一定の条件を満たせば罰金を科さない」という行政上の明文化されたガイダンスである。制度が急に厳しくなったと考える必要はないが、納税者にとっての安心材料が一つ減ったことは事実である。だからこそ、提出漏れに気付いたら放置せず、できるだけ早く適切な対応を取ることが、これまで以上に重要になったと言えるだろう。

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2026.07.12
所得税

アメリカの不動産をいつ売るか

アメリカで長く暮らし、家を買い、そこで生活してきた方が本帰国するとき、意外と大きなテーマになるのが「この家をいつ売るか」だ。不動産の相場だけの問題と思われがちだが、実際には売る時期によって税金の扱いが大きく変わる。 アメリカに住んでいるあいだの譲渡は、アメリカの税金を考えればよい。しかし日本へ帰国したあとに譲渡すると、その利益は日本でも課税対象になる。 同じ家でも、帰国前に譲渡するか、帰国後に譲渡するのか、あるいは賃貸に出してから譲渡するのかで、税務の見え方はかなり違ってくる。10年前に50万ドルで買った不動産が100万ドルで譲渡されたとする。譲渡益が50万ドルというケースで考えてみる。 アメリカ側の特例 アメリカには、主たる居住用財産の譲渡益を一定額まで除外できる制度がある。譲渡前5年のうち2年以上所有し、かつ2年以上居住していれば、夫婦合算申告では最大50万ドル、単身では最大25万ドルまでの利益を除外できる。夫婦合算申告だとアメリカでは税金が発生しない。帰国前に譲渡すれば、アメリカだけの税務で話はシンプルである。 帰国後に譲渡する場合 帰国後に譲渡すると、アメリカと日本の両方で税務が関わる。日本では取得価額と譲渡価額をそれぞれ取引日の為替レートで円換算して譲渡所得を計算するため、円安になると課税所得が大きくなりやすい。例えば、50万ドルで取得した自宅を取得時1ドル=110円、100万ドルで売却した時の為替が1ドル=160円であれば、取得価額は5,500万円、譲渡価額は1億6,000万円となり、譲渡益は1億500万円となる。海外の自宅であっても、日本の居住用財産の要件を満たせば3,000万円特別控除を適用できる可能性があるが、それでも課税譲渡所得は約7,500万円となり、税負担は約1,500万円に達する。日本では円換算により大きな譲渡益が生じる点に注意が必要である。 賃貸に出す場合 譲渡が思うように進まないとき、いったん賃貸に出す判断は珍しくない。ただし、賃貸に出した時点でその家は少しずつ自宅としての性格を失うため、何年後に売るかが重要になる。3年後ならまだ自宅譲渡の特例が残る余地があるが、4年後になると米日ともに自宅譲渡の特例が外れる。不動産は、売れるまで待てば有利とは限らない。長く持ちすぎると税務上の特例を失うことがある。帰国後に譲渡すれば、日本とアメリカの両方で税務が出てくる。為替の動きも、日本側の税額にそのまま影響する。 アメリカの不動産を譲渡するのも簡単ではないかもしれないが、帰国の時期と一緒に考えるべきである。その一点を意識するだけで、余計な税負担や手間をかなり減らせる。

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2026.07.05
その他

様子がいつもと違う

1. 今年は「いつもと違う」 例年、IRSからの還付やレターは“忘れた頃に届く”のが普通だった。 1〜2年前、場合により数年前の申告について突然手紙が届くことも珍しくなく、処理にはとにかく時間がかかるのがIRSの常だった。ところが今年は、申告を終えた直後にIRSから手紙が届くというケースが発生している。 「IRSの処理が改善したのでは?」と期待したくなるスピードだ。しかし、届く手紙のほとんどが Letter 5447C(本人確認レター)だ。 2. Letter 5447C 目的は非常にシンプルで、 「この申告書を提出したのは本当にあなたですか?」 という本人確認だ。近年、他人の個人情報を使って勝手に確定申告を行い、還付金をだまし取る「なりすまし詐欺」が増加している。 そのためIRSは、一定の条件に該当する申告書を自動的にストップし、本人確認を行う仕組みを強化している。 対象になりやすい条件 • 海外住所(日本など)からの申告 → 海外在住者はこれだけで高確率で対象 • 引っ越しをして住所が変わった • 申告ステータス(独身・夫婦合算など)を変更した • ランダム抽出によるチェック 申告内容が間違っているわけではなく、 単に「あなたが本人かどうか」を確認しているだけだ。ただし、本人確認を完了するまで申告処理は完全にストップする。 3. なぜ今年はこの手紙ばかり届くのか 理由は公表されていないが、考えられる背景は次のとおりかもしれない。 可能性①:IRSが慢性的な処理遅延の改善に本気で着手した IRSはここ数年、業務遅延が深刻化していた。 大量の職員退職・解雇も続いており、従来の人力処理では限界が見えていた。 可能性②:AIによる自動判定が導入された 推測ながら、 人手不足を補うためにAIによる自動スクリーニングが強化された可能性がある。 もしアルゴリズムが変更された場合、 「海外住所」「ステータス変更」「住所変更」などの条件に該当する申告が、以前より高頻度で本人確認に回されることは十分あり得る。結果として、 本当に本人が申告しているのに、本人確認レターが大量に届く という現象が起きているのかもしれない。 本人確認レターが届いたら必ず対応しなくてはならない。放置すると処理は動かない。還付金はいつまでたってももらえない。海外在住者にとっては面倒な手続きだが、 IRSの処理が全体として早くなるのであれば、今年の状況は歓迎すべきことかもしれない。しかし、状況が改善しなければさらに重荷を背負うことになる。

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2026.06.28
その他

4月15日で終わらない米国の税務

日本で税金といえば、確定申告期限の3月15日を思い浮かべる人が多い。一年分の所得を計算し、税額を確定させ、その金額を納めれば一段落する。税金とは「金額が決まってから支払うもの」という感覚が、日本では自然だ。 ところが、米国の税務は発想が違う。「申告期限までに全部払ったのに、なぜペナルティなのか」と疑問に思うことがある。米国では税金は申告時にまとめて払うものではなく、「所得が生じるにつれて納めるべきもの(Pay-as-you-go)」という考え方が基本になっている。この違いは、予定納税制度を見るとよく分かる。 日本の予定納税は、前年の所得税額が一定額以上であれば、その税額を基準に通常7月と11月の2回前払いする。今年の所得がいつ増えたか、年の途中で大きな利益が出たかといったことは、ほとんど問題にならない。個人所得税は、一年分を確定させてから納税するという流れが中心だからである。 一方、米国では、給与以外の所得など源泉徴収されない税金は、所得が生じるのに合わせて予定納税で納めることが求められる。そのため、通常は4月15日、6月15日、9月15日、翌年1月15日の4回の納付期限が設けられている。各期限までに十分な税額を納めていなければ、その不足額について遅れた日数に応じて金利が計算される。翌年の申告期限までに税額を完納しても、「もっと早く納めるべき」と判断されれば、その間のペナルティは残る。 もっとも、米国には救済策もある。一般には、前年の税額の100%(一定の高所得者は110%)を期限どおり納めていれば、最終的に税額が不足していても予定納税不足ペナルティは原則として課されない。所得を正確に予測することが難しいことを前提に設けられた仕組みだ。 日本と米国の違いは、税金を「いつ支払うべきもの」と考えるかにある。日本では、一年分の税額を確定させてから納税する。一方、米国では所得の発生に合わせて税金も納めていく。国が違えば「税金が流れる時間」は異なる。予定納税制度は、その違いを分かりやすく示している。

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2026.06.21
その他

日本から米国申告を行う「静かな制度リスク」

2026年6月にTIGTAが公表したレポートは、現在の米国税務行政の構造的変化を示している。わずか1年で3.1万人、IRS職員の約30%が職場を去った。新規採用はわずか2,000人にとどまり、結果として人員は28%の純減となった。しかも離職は、あらゆる部門に及び、紙申告や修正申告、国際案件を担う日本在住者には直接影響を与える。 表面的には、米国内の多くの納税者にとって大きな変化は見えにくい。e-fileとダイレクトデポジットを利用する給与所得者にとって、還付は依然として数週間で処理される。IRS自身も「大多数の納税者への影響は軽微」と説明している。アメリカの税務の本丸はできる限り影響を受けないようになっている。 しかし、海外は蚊帳の外に置かれているようだ。 日本居住の米国申告は本質的に人手依存である。海外住所、ITIN、租税条約、Form 1116、紙提出、修正申告、さらには国際郵便。これらはいずれも自動化が難しく、人的処理に依存する領域である。その担い手が3割いなくなっている。 影響はすでに顕在化している。TIGTAの2026年1月・2月の報告が示す未処理案件は象徴的だ。修正申告は54.8万件、紙申告は30万件、エラー処理待ちは12.6万件超、コレスポンデンスは37.5万件超に積み上がる。さらに深刻なのは、紙のデジタル化がほとんど進んでいない。2025年に受領した570万件の紙書類のうち、スキャン処理されたのはわずか7%に過ぎない。つまり、紙で送付された書類は、システムに取り込まれるまでに数か月単位の遅延を前提とすることになる。 この遅延は、単なる「時間の問題」では終わらない。通知制度そのものにも歪みが生じている。IRSの申告内容に対する通知は、本来であれば処理状況を反映したものであるはずだ。しかし現実には、回答済みの案件に対して同一通知が再送される、処理が途中で停止する、ITINが発行されても既存アカウントに紐づかない、期限内に返送したにもかかわらず期限切れと扱われる、といったことが起きる。1か月以内に回答せよという通知が期限直前や期限を越えて手元に届くこともある。ここにあるのは、個別のミスではない。制度的な処理能力の低下だ。すなわち「正しく申告しても処理されない可能性」が、例外ではなく構造として存在し始めている。 海外からの申告はアメリカ国内の税務だけでは終わらずに、複雑な申告になりがちだ。こういうところは機械処理ではなく、IRSの中でもともと人手をかけて慎重に処理される。人員削減は国際部門だから行われないということではない。その結果、海外在住者の申告は「遅れる」「止まる」「誤る」というリスクにさらされることになる。不動産の譲渡時に源泉徴収される税金の還付が数か月で行われると見ていたものが、1年たっても、それ以上になっても還付されないこともあり得る。しかも金額が大きい。 米国内の単純な給与所得者には依然として大きな影響はないかもしれない。しかし、海外在住者、複雑案件、紙提出、修正申告に関わる者にとっては、大きな変化である。これからは、「正しく申告してもうまく処理されない可能性がある」ことを心しておく必要があるだろう。

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